欲望の力

豊臣秀吉の逸話の一つで僕が好きなものが、備中高松城を水攻めにする準備をしているときに、大量の土嚢を一気に運ぶために、ただの運搬作業に破格の報酬を出したというものがある。この報酬の話を聞きつけて、近隣から大量の農民が農作業を放ったらかしてやって来て、土嚢を運ぶ大行列となり、あっという間に堤防が完成したという。思い通りに人が動くその様子を見て、秀吉は大騒ぎして喜んでいたらしい。


この話が示すのは、人を動かすには欲望に働きかけるのが最も効果的だということである。欲望を刺激する仕組みさえ作れれば、あとは特別な力を加えなくても、物事は勝手に進んでいく。マネジメントでなすべきこと、というと難しく受け止められがちだが、一言でいえば如何にして周囲の人の欲望を刺激するかに尽きるような気がする。


そうは言っても、最近は欲のない人が多くて…という声もあるが、欲のない人というのはいない。それは欲の種類が多くなって一括りには把握しづらくなっただけで、生きている以上、何らかの欲望は持っている。物欲や金銭欲はなくとも、自分の技術を向上させたいという向上欲や周囲に認めてもらいたいという顕示欲が強い人もいる。上昇意欲はなくとも、今の地位は保証して欲しいという安定意欲はある人も少なくない。自分はこういう欲を持つのだから相手もきっと同様、と思い込むのでなく、人によって欲の内容が違うことを前提に置いて、相手の欲望を理解するのが重要なのだと思う。


秀吉は「天下の人たらし」と言われるほど、人の心を掴むのが上手かったといわれるが、その力の源は人の欲望を本能的に察知できることだっただろうと思う。どんな知識や賢さよりも、最後はそういう力がものを言う。それは古今東西、変わらない。