聞かれたら答える

テレビで、あるタレントが「最近、心がけていることは何ですか?」という質問に、「聞かれたら答える」という答えを返していた。この問答自体は、ギャグ的な流れの会話で、このタレントもおバカタレント的な人だったので、「そんな当たり前のことを!?」というのが笑いになっていた。


僕自身も、この問答には笑ってしまったのだが、後で考えてみると、この答えって意外に深いなと感じた。というのは、普段仕事をしていると、聞かれたことに答えていない、という場面をよく目にするのである。例えば、「今日のテストケースの消化数はいくつだった?」という問いに対して、「今日は午前中にトラブルがありまして・・・、午後もそのリカバリーに追われました」といった回答を聞くことがある。質問した人は、10とか20とかいう数を求めているのに、その答えが単なる状況説明になっている。


なぜこういう問答になるのかといえば、回答する人が自己防衛に走っているからに他ならない。こういう事情があった、(だからケースはあまり消化できていない)(定量的な数はできれば聞かないで欲しい)というカッコ書きの中の思いがあり、暗にそれを察して欲しいということなのである。
だが、管理する側の質問者の立場で言うと、定量的な数だけが必要で、状況説明などどうでもいいのである。特に対策を打たなくとも回復できる範囲の遅れであればよし、そうでなければ要員を追加したりといった対策を打つ、といった判断をしたいのであって、その判断には正確な現状把握が必要。
なので、自己防衛に走った報告をすればするほど、怒られるといったことにもなる。


第二次大戦時の日本軍では、上記のような主観的で曖昧な報告が飛び交い、作戦参謀が何をもとに作戦を立てていいかわからなくなったという。
報告をうまくする能力、というのは確かに巧拙があるが、まずは、聞かれたことに答えているかどうかを自分で確認するといい。TOEICのリスニングテストで誤答になるような問答を、してはいないだろうか。