一手間の価値

少し前からIT業界で流行している言葉に、「ユーザーエクスペリエンス」というものがある。直訳すると「ユーザー体験」ということになり、製品やサービスの開発の際に、カタログ的なスペックではなく、ユーザーがそれを使用して得られる感動や体験に重きを置く、という文脈の中で使われる。


スティーブ・ジョブズが現役だった頃にこのワードをよく使ったとされ、Appleの成功以来、多くの企業や書物でどうすればユーザーエクスペリエンスを高められるかという研究がされている。ただ、突き詰めて考えると、ユーザーエクスペリエンスはユーザーの一手間をいかになくしてあげられるか、ということに尽きるのではないかと思う。一つの入力、一つのクリック、そういった操作をいかに減らせるか。一つ一つは些細なことだが、そのことを細部まで意識されたものとそうでないものはトータルで大きな違いが出る。


エンジニアという人種は、こういうことに無頓着で「そんなの一回押してもらえばいいだけだろ」と無意識にせよ考えている人が多い。それは今も変わっていないし、Apple社内でも大差はないと思う。ジョブズの偉大さは、そういう技術者集団を怒鳴りつけてでも一手間を減らすことに意識を向けさせ、細部までそのことを浸透させたことにある。ジョブズ亡きAppleの一番の懸念は、革新的なビジョンを生み出せるかどうかではなく、一手間の削減を隅々まで行き届かせられるかということのような気がする。


これからのエンジニアに必要なのは、技術力以上に気配りなどのサービス精神なのかもしれない。