司馬遼太郎名場面集(6) 関ヶ原前夜の山内一豊


今回は、大河ドラマにもなった『功名が辻』から、関ヶ原前夜の一コマ。この小説では山内一豊はあくまでも脇役で、妻の千代が主役なのだが、この一場面だけは非常にカッコいい。

(状況:関ヶ原の戦い前夜、一豊は家臣たちを集めて、東軍(徳川家康側)に付くことを宣言する。しかし家臣たちには本当に勝てるのかどうか不安が広がる)
「押して申し上げまする。殿には、徳川殿が勝つ、というお見通しはござりまするか」と、渡辺笑右衛門はいった。
一座はざわめいた。
(みなに不安があるな)
笑右衛門のぶしつけな発言は、その不安を代表したものであろう。
このざわめきを一言でしずめ、家臣団の心を一つに統一するのは、大将である伊右衛門(一豊)の仕事であった。


「ない─」
と、伊右衛門は大きな声でいった。
「成算などはない」
「徳川殿が勝つかどうか、そういうことはわからん。わかっておればもともと合戦などをする必要のないことだ」
「徳川殿を勝たせるのだ」
「合戦で勝つためには、どのように味方が苦境に立っていても、味方の最後の勝利を信じきって働くことだ。わしはこの一戦で山内家の家運を開く。そのほうどもも、この戦さで家運を開け」
僕は、転職など重要な決断を迫られるたびに、このシーンの「徳川殿を勝たせるのだ」という言葉を思い出す。いくつかの選択肢で迷っているときに、絶対的にどれがいいかはわからないし、わかっていれば悩まない。
結局、何を選ぼうとも、選んだ場所を成功させるために自分が頑張るしかない。


どちらが有利かというのを考えるのは「判断」にすぎない。自分が選んだ判断を正しいものにするために、やり抜く覚悟が加わったときに「決断」になるのだと思う。「判断」ができる人は多いけど、「決断」ができる人は少ない。「決断」ができる自分でありたいと思う今日この頃。


最後に余談だけど、山内一豊関ヶ原の戦いにはほとんど参戦できず、遠くで傍観するのみで終わってしまった。そんなちょっとカッコ悪いところもこの人の魅力ではある(笑)。